Movie Review
愛する吸血鬼との出会いは「フライト・ナイト」。
今もどこかに生きていたりして。
同じ蘇りでもゾンビはNG。美しさが重要…
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Mar 05/ 2001
子供の頃はヴァンパイアというより、吸血鬼ドラキュラでした。
ブラム・ストーカー作「吸血鬼ドラキュラ」のドラキュラ伯爵です。
昭和5年に発表された江戸川乱歩の「血吸鬼」にも(バンパイヤー)のルビが振られていたそうです。(乱歩の世界にも漂うエロチシズムが…。)
手塚治虫氏の漫画にも「ヴァンパイヤ」という作品がありました。この場合はある村に由来するものが、満月や、丸いおせんべいに至るまで、とにかく丸いものを見ると狼に変身してしまうというお話。なので長い間、「ヴァンパイア=狼男」と思っていました。単純。
ヴァンパイアに対して、いい様もない、エロチシズムを感じるのは私だけではないはずです。血を吸われて殺されていくのにもかかわらず。とりあえず、苦しくは無いらしいですが、それどころか、吸血の時は一つに溶け合い、この上なく幸せな気分だと言われています。
(まるでドラッグの売人のセールストークのよう…†直接聞いた訳ではございません。念のため†)
恐怖が無いわけではありません。いくらいい男だとしても。先にあるものが死だとわかっていても、一歩間違えばフラフラと腕の中に倒れこんでしまいそうな自分を意識して見る分には、楽しくてしかたがないと思うのも私だけではないはずです。
なぜそう感じるのか?
個人の好みなんだからと言えばそれまでですが、そこに隠されているものがなんであるか。人を殺す行為に興味がある場合は論外です。あくまでも吸血される側の気持ちにについて。理性を振り払い、自分の心に潜むマゾ的な部分の開放?抗えない強い者に対して、心から服従できる悦びに気が付がつく…
いろいろ考えられそうですが。普段は争いも好まない人が格闘技観戦に燃える、というのも、あるいは心に潜むサド的欲求を満たしているのでは?というものに通じるのかもしれません。
たぶん言うまでもなく、私が思い描くヴァンパイアは「ドラキュラ」のドラキュラ伯爵のそれよりも、「フライト・ナイト」のジェリー・ダンドリッジに他なりません。だからすごーく偏っているかもしれませんが、ダンドリッジに勝るヴァンパイアの登場を長年待ち続けているのです。出て欲しくない気もしますが…。
映画「エド・ウッド」にも登場する、吸血鬼俳優のベラ・ルゴシの「魔人ドラキュラ」を見ました。
モノクロでおどろおどろしいのですが、ビデオパッケージの裏に上映してからベラ・ルゴシのファンが急増、映画館には若い女性の長蛇の列ができた、とありました。なるほど知的で端麗、紳士的です。顔は怖すぎます。ゲイリー・オールドマンよりはイメージに合いますが…。
ドラキュラを演じた俳優には、ゲイリー・オールドマン、フランク・ランジェラ、クリストファー・リー、そして愛するクリス・サランドンなど、他にもいると思いますが、(そういえば、「フロム・ダスク・ティル・ドーン」なんかもありましたが、これはちょっと私的にはちがうし、さらに、他の映画でもいる女のヴァンパイアは論外。あくまでも美しき紳士のヴァンパイア!!!)極めつけは、「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」のルイを演じた、私的にはブラッド・ピットに違いないです。葛藤するヴァンパイアを新鮮な気持ちで見ることが出来、しかも美しい。
この映画の実質の主演はルイ、ブラッド・ピットであると思います。
レスタトの台詞で「ルイを通して私は、時代と接触しているのだ」というものがありました。何百年と夜の闇に生きて怪しまれず、好みの血の味にありつこうとすれば、必要な事。それと同じ台詞を、小室哲哉が、華原朋美や鈴木あみなど、若い女の子をプロデュースしていくことの付いての答えとして語っていました。おーこわ。
悪魔に対してヴァンパイアはもともとが人間だった、という前提があります。ヴァンパイアの嫌いなものは、十字架、日光、大蒜、司祭が祈りを捧げた聖水に対して、悪魔の場合は来るべき日の、燃えるゲヘナの炎のみ。(らしい)真昼にでも十字架にでもなんでも平気なところが、悪魔はちょっと可愛くない。
(そういう問題でもないか)
とても強大な力を持つはずのヴァンパイアでも弱点や悲哀があるのは、入れ込んで見る私自身の、ある種の後ろめたさも帳消しにしてくれる。永遠の命は、なんて恐ろしいものだと思わずにいられませんね。
END.